ゆく川の流れは愛燦燦と

2020年暮れから、研究関連の書類の山などもあいまって、いかほども心身休めぬときがつづいていました。


が、ようやく倫理委員会から承認がおり、さまざまいち段落を迎えるいま、ようやく人心地、気がつけばもう4月も終わるころ……! と感慨もひとしおです。


この間「現代詩手帖」誌で担当している詩誌月評の連載も、もう5回を迎えました。想像以上に毎月10枚以上を短期間で仕上げるのはたいへんな作業ですが、気がつくこと、学ぶこと多く、ありがたい機会です。

ここまで多くの詩誌を短期間で一気に読むような経験は稀有ですし、拝読するなかで読みかたの幅も広がった気がしています(あくまで気がするだけですけれど……)。


第1回は同人誌/詩誌とは何か、そこで見えるものは何か、という大きな問いかけをしてはじめましたが、そろそろ発売される5月号(2021年4月28日発売)で少し見えてくるものがありました。

2回目はボリュームについて(「厚みに触れる手」)、3回目は生活詩という謂いについて(「束ねない手」)、4回目はライト・ヴァース高度さについて(「象る手」)書いてきて、もうすぐ掲載される5回目では視覚の喚起という軸に沿って詩誌をご紹介しました。

どなたからもこの「……手」しばり(?)について触れられたことはない、ひっそりした連載ですが、もし機会があったらご覧いただけると報われます。


連載のほかには、戦後詩のシンポジウムにお邪魔してまとまらないままどたばた話したり、1月31日に公開制作を行なった〈ヒガヨン・セラ〉vol.3についての原稿を仕上げたりしていました。
〈ヒガヨン・セラ〉vol.3の原稿は「三田文學」最新号に掲載されています(また別途〈ヒガヨン・セラ〉への思いをこめてご報告します)。こちらもお読みいただければ幸甚です。


いちばん最近では、「ユリイカ」5月号(2021年4月27日発売)「アンリ・マティス特集」に寄稿しました。

わたしの名前があまりに浮いていて恥ずかしいですが、こちらもご覧ください。ひょっとしたら文献案内としてなら有用かもしれません。


あとは、現在お知らせすることはなかったはずです。



podcastも更新したいし、詩篇にも取り組む時間がほしいです。
そのために、余白を作っていこうと思います。


相変わらずのろのろとした更新ですが、どうぞよしなにお願いいたします。